クライアントさんから
そんな話をよく聞きます
人が恐い
そう
人は恐いよ
もっと正確に言うと
無意識な人間は恐いもの
人間は
一旦エゴに巻き込まれたらば
何をしでかすか分からない
ある側面では分かっていても
心無いことを言ってしまうかもしれない
ついつい怒りを相手にぶつけてしまうかもしれない
それどころか
もっと取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない
そして
事が終わってから
正気に戻る
私は何をしてしまったんだ・・・
目の前に横たわる愛する人
目に見ようと見えまいと
流れる血と涙
それで正気に戻るのなら
まだいい方だ
それくらい
人間の集合無意識っていうのは
確かに一種の恐ろしさを秘めている
まるで底なしの沼のよう
太陽の光が届かない
そんな闇の世界
だから
恐れて当然だよ
でも、その上で
やはり愛を選択すること
それは
他者のどんな行いも受け入れなさい
っていう意味じゃない
恐れに巻き込まれて
あなたまで
無意識にならないこと
っていう意味なんだ
つまり
恐れがあっても
今ここにいて
そして
何が真実で
何が幻想なのか
瞬時に見破る目を養うんだ
そのためには
光が必要だ
明かりで照らすと
幻想という闇は消える
そのとき
借り物の光は役に立たない
借り物の光
それは
ただの知識っていうこと
頭に詰め込んだ知識では
明かりを灯すことはできない
ニセモノの火は役に立たないんだ
じゃあ
どんな炎が役に立つ?
君の存在なんだ
実在という炎だ
君が
今ここにいるとき
君そのものが
炎なんだ
だからとにかく
今ここにいてほしい
ここにいるとき
君に自覚があろうとなかろうと
君が光だから
でもどうせだったら
それが自覚できるくらい
しっかりと深く
今ここにいてほしい
すると
神秘のベールが
一枚
また一枚と
静かに
剥がれ落ちる
その剥がれ落ちるベールとともに
恐れもまた
剥がれ落ちる
今ここにある
それは
静かな炎だ
本当の君ではないものを
ゆっくりと溶かす
炎だ
人が恐い?
それはチャンスだ
恐れを超えて
何かが出たがっている
本当の君が
芽を出そうとしている
新芽の季節の君に
エールをこめて
光平