スピリチュアルの勘違い

 

以前は否定的な先入観を持たれがちだったスピリチュアルが

今ではずいぶんオープンに 語られるようになりましたね

 

どうしようもない生き辛さを感じる時

人がスピリチュアルなものを求めるのは

ごく自然なことだと思います

 

「人間の力だけでは どうにもならない事があるのでは?」

 

その疑問が湧くときが

人の霊的な成長のタイミングとなるでしょう

 

 

わたし自身も 30代でスピリチュアルな事に出会うきっかけは

言語化できない生き辛さを感じた事がきっかけでした

 

居場所のない辛さは

お花や植物たちが癒してくれました

 

「この癒しの力は何だろう?」

 

これが探求の始まりでした

 

今のわたしにとって スピリチュアルであることは

とても命と直結したものです

 

 

でも頭が スピリチュアルな知識を握りしめたとき

「スピリチュアルな観念」となり

生きる上での制限となることが

スピリチュアルな学びの落とし穴であることも 体験しています

 

 

ここは本当に もれなく皆さんが通る道ですね

 

 

 

 

 

「今ここにあること」も

頭の理解だけが先行すると

 

「思考はなくさなくてはいけないものだ」
「いつも今ここにいなければいけない」

 

と「スピリチュアルな観念」になってしまいます

 

そこに正しさを見出し 必死で従おうとします

 

それができない人はダメな人・・

 

できない自分を責めたり

周りの人にも 考え方を押し付けたりします

 

 

「癒やされたい」「楽になりたい」と思って始めたものが

いつの間にか

あなたを縛って 自由を奪っていないでしょうか?

 

 

もしスピリチュアルなことを長年やっていても

現実の生き辛さが続くのであれば

 

何か勘違いをしていないか?

 

正しさを追い求めてしまっていないか?

 

を一度見直してみてくださいね

 

 

例えば

「感情を感じることで解放がおきる」 と読むと

「感情を感じなくてはいけない」 と頭は思い込みます

 

すると

何か感情が湧いたとき 一生懸命感じようとするでしょう

 

それはいいのですが

「感情はなくさなきゃいけないものである」

という思い込みのもと 感情を見つめてもうまくいきません

 

「感情は早く出してしまわないといけない」

 

こんな風に

思考が感情を いつも監視することになるので

本当に感じられる環境は育たず

むしろ どんどん感じられなくなっていってしまうんです

 

 

また

「癒やされた自分は いつも穏やかに笑っているに違いない」

そんな理想像を持ってしまっていたと

クライアントさんからよく聞きます

 

理想の姿は 新しい制限を自分に与えてしまって

苦しいことになりますよね

 

本当に癒されたなら

結果 笑っているようはなるのですが

 

形から入ってしまうと 本末転倒となってしまいます

 

 

 

 

「ありのままの自分」についての勘違いも

よく見かけます

 

「ありのままの自分」を受け入れるのは

あくまでも自分の内側の世界であって

 

周りに押し付けるものではありません

 

確かに

「どんな自分も私」 ではありますが

 

愛や思いやりの心を持つことを忘れていては

自分が成長することにはならないですね

 

 

何のために この学びをしているのか?

そもそものところを忘れないようにしましょう

 

 

どんな素晴らしい教えも

頭だけの知識になってしまうことは

 

「命を生きる」という本来の流れから

切り離される危険を伴っているのです

 

 

 

また スピリチュアルな観念は

人間が持つ欲望を否定することになりかねません

 

 

人間には 

「命」である大いなる流れと

肉体という有限性をもつが故の「人間性」があります

 

 

その両方を調和させることが

今を生きているわたしたちの役目です

 

 

人間性を否定しては 現実を生きることはできません

 

人間くさい自分も愛しましょう

 

そこには ネガティブな思考や感情

欲望もたくさんあるでしょう

 

嫉妬
ジャッジ
憎しみ
無価値観

 

そんな闇から目をそらさないで

全てを受容できたとき

 

 

愛がここにある

 

という感性が開きます

 

 

悟りを開くために 修行していた僧が

どれだけ修行しても到達できず諦めて

普通の生活に戻ったときに悟りが開けた

 

そんな話もあります

 

もし悟りを開く目的が

苦しみを避けたいからであるならば

それはうまくいかないのです

 

 

愛を知るためには

人を通して映し出される

どんな自分も排除せず 受け入ることから始まりますね

 

 

実際 どんな姿であっても

懸命に生きようとする姿は

とても愛おしいものです

 

 

 

 

 

 

人間関係で傷ついたものを

スピリチュアルの世界は癒やしてくれます

その体験は大切でしょう

 

 

でもずっとそこに留まるのではなく

癒されたなら 次はまた人のいる世界に向かっていきましょう

 

 

もし いつまでも

観念の世界に逃げ込んでいるのなら

宇宙はあなたを揺さぶってくるでしょう

 

本当はどう生きたいの?

 

そうやって

次にあなたが一歩踏み出すきっかけを 起こしてきます

 

 

選択しないでいると状況は悪化することも多いですね

 

これも宇宙の親切なのですが

実際はかなり苦しい事が多いようです

 

いったん訪れたささやかな平和が崩れるわけですから

内側でも大いに抵抗が起きるものです

 

「こんなはずじゃなかった・・」

「私は間違っているの?!」

 

 

そんな葛藤も起きるかもしれません

 

 

こんな時は いつも原点に戻ってください

 

 

わたしは今 どうしたいの?

 

残りの人生 どう生きたいの?

 

 

何かごまかしていることはないのか?

自分についている嘘はないのか?

 

そこを正直に見つめてくださいね

 

 

 

 


怖さや 不安があっても自分から逃げない!

 

 

そうやって自分を現実に生きたとき

人を通して 新しい愛の体験が起きます

 

 

過去と同じ痛みの体験ではなく

安心の体験で 過去を塗り替えることが起きてきます

 

 

最終的に過去の傷を癒やしてくれるのは

 

人と向き合う行為や体験を通してなんです

 

 

 

それを体験できるのは 

 

今ここにいるあなただけです

 

 

 

 

 

 

命は絶えず変化しつづけるもの

でも頭は同じものを繰り返すように作られています

 

 

毎瞬変化する命の流れと

過去のデータで生きる頭とは

 

最初はうまく折り合いがつかず衝突します

 

内側で起きるこの葛藤が

現実を苦しいものにするのです

 

 

わたしたちがお伝えしているfloweringセラピー®は

この葛藤を 調和に導けるように

お互いの役割を明らかにしていきます

 

 

頭が限界だと思うことも

命の流れに委ねることができたとき

 

想像もしない形で 解決することが起きてきます

 

それを人は 奇跡と呼ぶのでしょう

 

 

 

命本来の流れを思い出し

そこに還っていきましょう

 

 

それが ありのままのあなたの姿です

 

 

 

命を感じながら 今を精一杯生きる

 

 

未来の不安や恐れを振り切って

コツコツと自分を生きる

 


それが本当のスピリチュアルな生き方ではないでしょうか?

 

 

 

あなたを流れている命の力を信頼して

 

愛をもって生きましょう

 

 

 

大丈夫だから❤

 

 

 

 

 

 

 

全ての命の平和を願って

 

 

らぶ

 

 

陽子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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